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「建設=男性の仕事」ではない時代へ──女性職人が語る現場のリアル

最終更新日 2025年8月6日 by dolmen

「建設現場に女性?」

つい10年前まで、そんな驚きの声が聞こえてきそうな光景だった。

それが今、少しずつ変わりつつある。

かつて「男の世界」と呼ばれた建設現場に、今、静かな変化が訪れている。

ヘルメットをかぶり、安全靴を履いた女性たちの姿が、確実に増えているのだ。

私自身、出版社の編集者から建設会社の広報へと転職し、その変化を目の当たりにしてきた一人だ。

だが、変化の途上にある現場では、彼女たちはどんな思いで日々を過ごしているのだろう。

本記事では、建設業界における女性職人の現状と課題、そして未来への展望を、現場で奮闘する女性たちの声とともに探っていきたい。

これは、変わりゆく建設業の「いま」を伝える物語でもある。

建設現場のジェンダーギャップ:その現実と背景

なぜ「建設=男性の仕事」とされてきたのか

「力仕事だから」「危険だから」「汚れる仕事だから」――。

建設業が「男性の仕事」とされてきた理由として、こうした声をよく耳にする。

確かに、重い資材を運ぶ、高所での作業を行う、泥や粉塵にまみれながら作業するといった建設現場の実態は、かつて「女性には向かない」と思われがちだった。

しかし本当にそうだろうか。

歴史を紐解けば、明治時代の土木工事では女性も多く働いていた記録がある。

「女性に向かない」という認識は、実は高度経済成長期以降、建設機械の大型化や作業の専門化が進む中で形成された比較的新しい価値観だ。

そこには、家事や育児を女性の役割と位置づける社会通念も影響している。

長時間労働が常態化し、週休二日すら定着していなかった建設業では、「家庭との両立」という視点が欠けていたのも事実だ。

つまり、建設業のジェンダーギャップは、身体的な要因より社会的・文化的要因に起因する部分が大きいのである。

数字で見る女性職人の割合と課題

数字で見ると、建設業における女性の存在感はどうだろうか。

2023年の日本建設業連合会のデータによれば、建設業の女性就業者数は約88万人で、全体の18.2%を占めている。これは過去最高の数字だが、全産業平均の45.3%と比べるとまだ低い水準だ。

さらに詳しく見ると、実態が見えてくる。

2024年の最新調査では、建設業における女性技術者の割合は約10%、技能者(いわゆる職人)ではわずか2%ほどに留まっている。特に技能者の女性比率の低さは目立つ。

この数字からわかるのは、女性の多くは事務職や営業職として建設業に携わっており、実際に「現場」で働く女性はまだ少数派だということだ。

こうした状況を変えるべく、国土交通省は「女性の技術者・技能者を5年以内に倍増させる」という目標を掲げ、業界全体で取り組みを進めている。女性の活躍が進めば、効率的で快適な職場環境の整備にもつながると期待されている。

無意識のバイアスと「見えない壁」

「女性だから大丈夫?」
「力仕事は男性に任せた方が…」
「現場仕事より事務の方が向いているんじゃない?」

こうした何気ない一言が、女性職人たちが日々感じる「見えない壁」だ。

悪意はなくとも、こうした言葉の裏には無意識のバイアスが潜んでいる。

「建設業で女性が活躍中!」と謳うポータルサイトやテレビCMが増える一方で、現場ではまだこうした声が完全に消えたわけではない。

あるベテラン女性大工は私にこう語った。

「経験を積んで技術がある証明をしても、初対面の人からは必ず『大丈夫?』と聞かれる。20年経った今でもよ。それが一番こたえる」

こうした無意識のバイアスは、採用や評価、昇進の場面でも影響を及ぼしているケースがある。

本人の能力や実績よりも性別によって判断されてしまうという「見えない壁」は、数字には現れにくい課題だ。

それでも、一人ひとりの意識改革や多様性を重視する企業文化の広がりによって、少しずつこの壁が低くなってきていることも事実である。

女性職人たちのリアル

初めての現場:恐怖と戸惑いの中で

「初めて現場に立った日のことは、今でも鮮明に覚えています」

そう語るのは、鉄筋工として5年目を迎える田中さん(仮名・28歳)だ。

「最初は好奇の目で見られました。『女の子が来た』って。でも、それ以上に怖かったのは、自分が足を引っ張らないか、迷惑をかけないかという不安でした」

男性が大多数を占める現場で、唯一の女性として働き始めることへの不安は、多くの女性職人が経験することだ。

その不安は、技術的なことだけでなく、人間関係や環境面にも及ぶ。

「トイレどうしよう」「更衣室はどこで」「生理になったら…」

こうした女性特有の心配事も、初めて現場に立つ女性職人たちの頭をよぎる。

ある女性左官職人は、初日の現場でこんな経験をしたという。

「休憩時間になって、みんながどこかへ消えていった。後から知ったけど、喫煙所に行ってたんだって。でも誘われないし、一人ぼっちで休憩してました。孤独感がすごかった」

初めての現場は、技術的な挑戦だけでなく、こうした小さな「居場所のなさ」との闘いでもあるのだ。

道具と力の壁──どう乗り越えてきたか

「最初は腰を痛めましたね。男性用に設計された道具をそのまま使っていたから」

型枠大工として7年目の斉藤さん(仮名・32歳)は振り返る。

建設現場では、長らく男性を前提とした道具や機材が使われてきた。

そのサイズや重さが、女性職人にとって身体的負担となることも少なくない。

国土交通省の調査によれば、建設作業における女性の身体的負担は男性の約1.3倍という結果もある。

しかし、こうした「力の壁」に対して、女性職人たちは様々な工夫で対応している。

「力で補えないなら、テコの原理を使えばいい。私は道具の使い方を男性より研究していると思います」と斉藤さんは言う。

また、近年では女性の体格に合わせた軽量工具や、人間工学に基づいた作業着なども次々と開発されている。

ある女性タイル職人は、自分専用の道具を作ることで問題を解決した。

「柄の部分を短くして使いやすくしたり、重いものは分割して運べるように工夫したり。見た目は少し違っても、仕上がりは同じか、むしろ丁寧になったと評価されています」

力の差を補う技術や知恵は、女性職人たちの強みにもなっているのだ。

先輩・仲間・家族…支えとなった存在たち

どんな職業においても、先達の存在は大きい。

特に少数派である女性職人にとって、ロールモデルや支援者の存在は貴重だ。

「私がこの仕事を続けられたのは、最初に出会った現場監督のおかげです」

塗装工として10年のキャリアを持つ佐藤さん(仮名・36歳)はそう語る。

「女性だからといって特別扱いはしなかったけど、困ったときには必ずフォローしてくれた。『ここは女性の方が向いている』と強みを認めてくれたのが大きかった」

また、同じ立場の仲間とのつながりも大きな支えになっている。

SNSの普及により、かつては孤立しがちだった女性職人たちが横のつながりを作りやすくなった点は大きな変化だ。

「インスタグラムで同業の女性とつながって、悩みを共有できるようになりました。『自分だけじゃない』という安心感が違います」

家族の理解と応援も欠かせない。

特に子育てと両立する職人にとって、家族のサポートは仕事を続ける上での生命線となる。

「夫が『俺が子どものことは見るから、やりたい仕事を続けろ』と言ってくれたのが、一番の支えでした」

建設業で働く女性を増やすためには、現場の環境整備だけでなく、こうした「支える存在」を増やしていくことも大切なのだろう。

最近では、建設業界のDXを推進するBRANU株式会社のような企業も、建設業における女性活躍を積極的に支援している。

BRANU(ブラニュー)採用チームでは、性別を問わず多様な人材の採用に注力し、テクノロジーの力で建設業界の働き方改革を後押ししている。こうした企業の存在も、女性職人たちの心強い味方となっている。

「女だからこそ」見える現場の工夫と視点

「細かい所まで気が付く」「コミュニケーションが上手い」「丁寧な仕事をする」

女性職人について、現場でよく聞かれる評価だ。

ステレオタイプに陥るリスクはあるものの、実際に女性ならではの視点が現場を変えている例も少なくない。

「安全対策の徹底は、私が特に気にしていること。男性は『自分は大丈夫』と思いがちだけど、私は『万が一』を考えるタイプ。それが現場全体の安全意識向上につながったと言われます」と話すのは、現場監督として活躍する木村さん(仮名・42歳)だ。

また、最終ユーザーの視点を取り入れた工夫も女性職人の強みとなっている。

「私たちの工事は最終的に誰かの生活の場になる。キッチンや洗面所の使い勝手って、実際に家事をする立場だからこそ見えてくることがある」

こうした「使う人の視点」は、完成後の満足度に直結する重要な要素だ。

建設現場に女性が増えることで、現場の安全性や作業効率、そして最終的な品質向上にもつながるという好循環が生まれつつある。

変わりつつある現場の風景

企業の取り組み:女性を迎える現場づくり

「わが社には女性更衣室がありません」

数年前まで、こんな言葉を耳にすることも珍しくなかった。

しかし今、多くの建設会社が女性を迎える準備を進めている。

国土交通省と建設業5団体による「もっと女性が活躍できる建設業行動計画」をきっかけに、業界全体で女性の活躍推進への取り組みが活発化している。この計画には、女性の就業環境整備や入職促進、定着率向上などが含まれている。

大手ゼネコンのA社では、以下のような具体的な取り組みを進めている。

1. 現場環境の改善

  • 女性専用更衣室・トイレの設置(移動式も含む)
  • 清潔感のある休憩所の整備
  • パウダールームの設置

2. 制度面での支援

  • 産休・育休後の復帰プログラム
  • 時短勤務制度の柔軟化
  • 配偶者の転勤に伴う勤務地変更制度

3. キャリア支援

  • 女性技術者・技能者向けメンター制度
  • 女性リーダー育成プログラム
  • 女性社員ネットワークの構築

中小企業でも、できることから取り組みを始める会社が増えている。

例えば、従業員30名の工務店B社では、女性用の安全靴や作業着の支給、現場ごとの女性用施設確保のマニュアル化など、コストをかけずにできる工夫を重ねている。

こうした取り組みは、女性だけでなく男性にとっても働きやすい環境づくりにつながっている点も注目だ。

男女共に働きやすい設備・制度とは

「女性のために整備したことが、結果的に全員の働きやすさにつながった」

ある建設会社の人事担当者はそう語る。

女性職人の増加を見据えた環境整備は、男性を含めた全ての作業員の働きやすさを向上させる例が多い。

例えば:

1. 施設面での改善

  • きれいなトイレ(女性用だけでなく男性用も)
  • 休憩所の冷暖房完備
  • 更衣室の個別ブース化

2. 作業面での改善

  • 重量物を扱う際の補助機器導入
  • パワーアシスト機器の活用
  • 二人作業の標準化

3. 制度面での改善

  • 週休二日制の徹底
  • 長時間労働の是正
  • 有給休暇取得の推進

特に2024年4月からは、建設業においても時間外労働の上限規制が適用され、従来の長時間労働が許されなくなった。これは「建設業の2024年問題」とも呼ばれ、業界全体の働き方改革を加速させている。

こうした変化は、男女を問わず次世代の担い手確保につながる重要な取り組みだ。

あるベテラン職人はこう語る。

「昔は『辛いのが当たり前』だったけど、今の若い人たちはそれじゃ続かない。男女関係なく、働きやすさは業界の生き残りに直結している」

この言葉に、建設業の未来を考える上でのヒントがあるのではないだろうか。

SNSやメディアの影響──ロールモデルの可視化

「私が建設業に興味を持ったのは、インスタグラムでかっこいい女性溶接工を見たのがきっかけです」

22歳で建設業に飛び込んだ川村さん(仮名)はそう語る。

かつては「建設現場で働く女性」のイメージを持つことすら難しかった。

しかし今、SNSやメディアの力で女性職人のリアルな姿が可視化されている。

インスタグラムやTikTokでは「#けんせつ小町」「#女性職人」などのハッシュタグで検索すると、実際に現場で働く女性たちの日常や技術、やりがいが発信されている。

テレビや雑誌などの一般メディアでも、女性職人を取り上げる機会が増えた。

かつては「珍しい存在」として紹介されがちだった女性職人だが、最近では「プロフェッショナル」としての技術や経験にフォーカスした報道が増えている点も変化だ。

国土交通省も「建設産業における女性の就業継続に向けたキャリアパス・ロールモデル集」を公開するなど、ロールモデルの可視化に力を入れている。この取り組みは、若い女性が建設業でのキャリアをイメージしやすくするために役立っている。

「自分もあんな風になりたい」と思える存在の可視化は、新たな女性人材の獲得につながっている。

これからの建設と女性の関わり方

「建設=暮らしを支える仕事」という再定義

「建設業は、誰かの”日常”の器をつくること」

これは私自身が大切にしている言葉だ。

建設業を「力仕事」「汚い」「危険」というイメージで語るのではなく、「人の暮らしを支える」「社会インフラを作る」「地域を守る」仕事として再定義することが、これからの時代には必要だろう。

実際、東日本大震災の復興現場で活躍した女性職人たちの多くは、「地域の人々の役に立ちたい」という思いから建設業に飛び込んだ人たちだった。

「建物が壊れる」ということの意味を、震災取材で痛感した私自身も、その思いに共感する。

建物は単なるモノではなく、誰かの生活や記憶、コミュニティの場であり、それを守り、再生することが建設業の本質だ。

この視点に立つと、建設業は「男性向き」「女性向き」という二項対立を超えた、多様な人材が活躍できる場になりうる。

物理的な力よりも、人々の暮らしを思い、細部まで気を配る姿勢こそが、これからの建設業に求められる本質的な価値ではないだろうか。

教育現場と進路選択──若い世代へのメッセージ

「建設業は選択肢にありませんでした」

多くの女性職人たちから聞く、学生時代の進路相談の話だ。

高校や大学の進路指導では、女子学生に建設業が紹介されることは少ない。

工業高校への女子の進学自体も少数だ。

こうした状況を変えるため、業界と教育現場の連携が始まっている。

女性技術者による出張講義や、中高生向けの現場見学会、インターンシップなどの取り組みが広がりつつある。これらの活動は、建設業のやりがいや魅力を若い世代に伝える重要な機会となっている。

また、工業系の学校でも、女子学生のための奨学金制度や就職支援の充実など、環境整備が進んでいる。

ある工業高校の女子生徒はこう語る。

「最初は周りから『女の子なのに工業高校?』と言われて不安だったけど、実際に入学してみると想像以上に楽しかった。将来は橋をつくる仕事がしたいです」

若い世代への情報提供と機会創出は、10年後、20年後の建設業の未来を左右する重要な課題だ。

多様性が現場を強くする理由

「単一的な視点より、多様な視点の方が良いものができる」

多くの現場監督が口にする言葉だ。

建設現場に多様な人材、特に女性が増えることで、どんな変化が生まれるのだろうか。

1. 新たな視点と創意工夫

  • 従来の「当たり前」を問い直す視点
  • 利用者目線でのきめ細かな配慮
  • 多様な働き方への理解促進

2. 安全文化の向上

  • コミュニケーションの活性化
  • 危険に対する多角的な視点
  • 無理をしない文化の醸成

3. 業界イメージの刷新

  • 閉鎖的・古臭いイメージからの脱却
  • 社会的価値の再認識
  • 次世代の人材確保につながる好循環

建設業の課題である「人手不足」「高齢化」「技術継承」といった問題も、多様な人材の参画によって新たな解決策が生まれる可能性がある。

建設現場は、様々な職種、年齢、経験を持つ人たちが協働する場だ。

そこに性別の多様性が加わることで、より強靭で創造的な現場が生まれると期待されている。

何より、「この仕事は男性向き」「この仕事は女性向き」という垣根が低くなることで、一人ひとりが自分の適性や情熱に基づいて仕事を選べる社会に近づくのではないだろうか。

まとめ

建設業におけるジェンダーギャップは、一朝一夕に解消されるものではない。

しかし、この記事で紹介してきたように、確実に変化は始まっている。

女性職人たちは、様々な壁や困難と向き合いながらも、自分らしく現場で活躍する道を切り拓いている。

企業や業界団体、行政も、女性が働きやすい環境づくりに本格的に取り組み始めた。

その結果、建設業における女性の割合は過去最高を更新し続けている。

今日の建設業に求められているのは、「性別」ではなく「志」や「適性」で人を見る文化ではないだろうか。

震災復興の現場で出会った、ある女性左官職人の言葉が忘れられない。

「被災した方の家を直すとき、『ありがとう』って涙を流されたんです。それが私の原点です」

建設業は単なる「モノづくり」ではない。

誰かの生活や思い出、地域の歴史を支える大切な仕事だ。

その仕事に携わる人の性別は、本質的には関係ないはずだ。

「あなたがつくりたい未来の現場とは?」

この問いかけを、読者の皆さんにもお届けしたい。

建設現場から社会を変える――。

その静かな革命は、すでに始まっているのだから。